site
stats ??????
にほんブログ村 ポエムブログ 現代詩へバナー画像にほんブログ村 哲学・思想ブログへブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へ

ねえ、あんた。

ねえ、あんた。

 

――ねえ、あんた。

と、彼女が軽軽しく私を呼ぶやうになってからといふもの久しいのですが、しかし、私と彼女の距離が、さう、目に見えぬ私と彼女との間合ひが、縮まったかといふと、どうもそんな事はなく、とても怪しいものなのです。私は彼女が、

――ねえ、あんた。

と、呼ぶ時、何時もどきりとし、その言葉と現実とのGap(ギャップ)が悩ましいのです。

それではどうしてさうなったのだらうかと記憶を弄ってみるのですが、それは記憶を遡る迄もなく、簡単な事、さう、彼女と肉体関係を持った時を境として、彼女は私を「あんた」と呼ぶやうになったのですが、私の、脳科学ではあるともないとも言はれてゐる「心」は、まだ、「あんた」といふ 私の呼称を受け容れる準備はできてゐないのです。その責は全て私にあるのですが、私はといふと、未だに私なる存在に肯ふ事が出来ずにゐゐたのです。結局、私は終始私に拘泥してゐて、「他」の存在を受け容れる度量が未だになかったとも言へるのです。これは何とも哀しい事で、「他」の存在なしに「私」に拘泥する愚行は、頭蓋内の闇たる脳と言ふ構造をした《五蘊場》で、「私」ぱかりが空転するのみなのです。これではいかんと、私は「他」を意識的に受容するやうにするのですが、しかし、これは意外と難しい事で、注意してゐないと、何時の間にやら私は「私」のみに没頭耽溺してゐて、「他」の存在は何処へやら、独り絶海の孤島にゐるばかりなのです。そんな時に彼女が突然に、

――ねえ、あんた。

と、彼女が私を呼ぶので、私は、

――何?

と、気さくを装ふって答へては、その時はその場を誤魔化すのですが、そんな事は全てお見通しの彼女は何でも勘付いてゐて、それでも彼女も女で、彼女は意気になって、

――ねえ、あんた。

と、私を呼ぶのです。その彼女の心持ちを考へると私は胸が痛いのですが、こればっかりはどうする事も出来ず、私は未だに「私」拘泥する馬鹿者なのです。

(Visited 1 times, 1 visits today)
...

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

Twitter Auto Publish Powered By : XYZScripts.com
PVアクセスランキング にほんブログ村