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十日目

十日目

 

わんころが死んで十日が経ったが、

どうもぽっかりと穴が空いた心は埋めやうもなく

其処にはわんころの面影がどんと坐ってゐて、

現実の日常世界とはまた違ふ時間が其処には流れてゐるのだらう、

其処では奇妙に間延びして日は昇り、そして日は沈むのだ。

そのわんころの面影は時空間を自在に行き来し、

おれの思ひ出と縺れながら

摩訶不思議な歓喜とも悲痛とも言ひ難い時空間を編んで行く。

それは超-時空間と呼ぶべきもので、

おれとわんころは今も其処で楽しげに遊んでゐるのだ。

 

しかし、不在がそのものの存在の大きさを照射する不思議に

目眩みながらもおれはわんころの色褪せさうにない面影と戯れつつ、

それが単に虚しい遊びでしかないことは解ってゐるのであるが、

おれはわんころの墓に線香と餌をあげて

さうして、空を、蒼い空を見上げる。

しかし、其処でもわんころは楽しさうに走り回ってゐて

わんころの面影はおれの網膜に焼き付けられた如く、

何処を向いてもわんころの面影が見えてしまふ

哀しさとをかしさが奇妙に入り交じった感情をおれは持て余しながら、

おれは此の世の大地に屹立するのだ。

このことはわんころの死の余韻に今も耽ってゐるおれの

長い時間をかけてのわんころとの別れの儀式であって、

わんころの面影が自在に現はれる今は、

まだ、哀しみが辺りに漂ひ、

俺の周りの薄膜のやうに薄い薄い時空間は噎び泣いてゐるに違ひない。

 

わんころの面影を流れ星を追ふ如くに目を凝らして凝視し、

もうこの世にはゐないわんころの、

自在を身に付けてしまったその有り様に感嘆しながらも、

それはわんころの念が為せる業との思ひを尚更強くし、

わんころの念は今も此の世に確かに存在してゐることを

何の疑ひもなく無頓着に信ずる阿呆なおれは、

わんころが残した首輪を手に取り

確かにわんころは死んだと言ふことを受け容れる度量を持たねばと、

死んだわんころに促されるやうにして自身を納得させるのだ。

しかしながら、超-時空間を自在に出現させては

わんころの面影と戯れることを毎日楽しみにし、

しかし、さうして哀しみは尚更深くなって

ぽっかりと穴が空いたおれの心は

おれの嗚咽をも呑み込んでしまふことで、

また一つおれの心に底無し沼が一つ出来上がってゆくのだ。

そして、おれは心に既に幾つもある底無し沼群と同様に

その底無し沼を後生大事にして、

最後におれ自身が底無し沼に呑み込まれる夢想を思ひ描いては

悲痛な自嘲をぼそりと漏らすのだ。

――ぐふっ。

と。

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