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油膜のやうに

油膜のやうに

 

虹色をその表面に湛へてゐる油膜のやうに

なんにでも張り付いて

また、それを薄膜で覆ふ油膜こそ、

もしかすると玉葱状をしてゐるかもしれぬ俺の正体を

七色に変化させる妙味となるのか、

それとも水と油のやうに

互ひに相容れる事無く

蒸発して此の世から消ゆる迄

自己主張し続ける油膜は、

存在の在り方として許容出来るのものなのか。

 

例へば油膜のやうな存在の在り方が許せるとして

それで俺は何を其処に見出すのかと自問自答してみると

へっ、何にも見つけられない、と言ふのが俺の率直な実力で、

荒ぶる自意識すら手懐けられぬ俺には

油膜の有様は望むべくもない夢のまた夢

 

しかし、さうだとしても

俺は此の世の作法に則る生き方しか許されぬものとして

柔な人生を送るのに満足出来るのかと言へば

それには一時も我慢がならぬ俺は、

我儘に、そして放恣に此の世にあると言ふ有様こそを

求めてゐたのではないのか。

 

俺の有様を、さて、虹色に変へる油膜のやうな薄膜で

風呂敷包みのやうに包んでみるかと俺自身、独り遊んでみるのであるが、

それはまるで影踏みのやうな自己満足の恍惚しか齎さないのは承知の上で、

自己陶酔する俺に目眩みたいのだ。

 

さて、さうしたところで、

俺には到底解からぬ謎ばかりが深まる存在の闇に逃げ込むのが

俺の出来得るぎりぎりの所作なのだ。

つまり、俺はそれしきの存在でしかないのだ。

それを嗤ふか唾棄するかは

どうでもよく、

ただ、俺は俺が此の世に存在してゐる感触が得たいだけなのかもしれぬ。

 

存在の有様に虹色の妙味を加へる油膜のやうに

俺の懐は奥深くあるのかとの自問の果てのどん詰まりで

俺は挙句に俺を捨つるのか。

 

 

流れる鰯雲は山頭火の如くあるか

 

闇深く逃げやうもない吾あるに何思ふのか悪夢の果てに

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