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独断的存在論私論

独断的存在論私論

 

もしかしたならば高村光太郎の言葉だったかも知れぬが、

「私の前に道はなく、私の後には道がある」

といふやうな内容の言葉に、一時期惑はされてゐたが、

去来現(こらいげん)が因果律を持つのは、

現在のみといふことを知ってしまった後、

過去と未来は混濁してゐて、渾沌としてゐるのを

無理矢理私の五蘊場が因果律の筋を通してゐるだけだったのだ。

 

此の世は、まず、渾沌としてゐて、

秩序が表れるのは、偏に私の存在によるのだ。

とはいへ、世界にとって私の存在なんぞどうでもよく、

その狭間で、現在に留まれ置かれ続ける運命の私は

無理矢理に世界に秩序を当て嵌めて

やうやっと私の存在の居心地の悪さを遣り過ごすのみの私は、

絶えず存在に押し潰される危ふさにあることを意識しなければ、一時も生き残れぬのだ。

 

――科学は?

 

といふ自問を発する私の胸奥に棲む異形の吾は、

 

――ふっふっふっ。

 

と嘲笑するのだ。

それは、科学者は世界の癖、つまり、法則を求めて厖大な研究を行ってゐるのだが、

世界に癖を与へてゐるのは偏に私が此の世に存在するからに過ぎぬのだ。

私が存在しなければ、世界は相変はらず渾沌のままで、

それで世界は満足なのだ。

世界に無理矢理秩序を押しつける現存在は、

終始己のことが可愛くて仕方がないために、

さうしてゐるに過ぎぬ。

 

そして、私の存在は何時も独断的なのが「先験的」であり、

独断的でない私なんぞはそもそも存在する価値すらないのだ。

だか、しかし、世界は渾沌としてゐる故に何でも慈悲深く受け容れるため

どんな存在も此の世に現れる蓋然性を残してゐる。

 

つまり、何ものも存在する事を拒否せずに受け容れる度量がある故に

世界は世界なのだ。

 

そして、その世界も己に不満故に、諸行無常の中に森羅万象を置き、

時を移ろはせては「完全な」世界を欣求して、

一時も変化することを已めぬのだ。

 

その変化に法則を見出した現存在は

今や無機物で出来た人工知能といふ厖大な情報を瞬時に処理する論理の束を生み出して、厖大な情報を高速計算しては世界の「予測」を始めてゐるが、

その因果律は、果たせる哉、現時点では世界の全事象の予測は不可能で、

しかしながら、現存在の欲は強く、

未来予測を行ふ為の厖大な情報の解析の正確さを競ひ合ってゐる。

 

そんな中で、現存在は独り現在から取り残されゆく哀しさに襲はれて、

絶えず未来を高速計算してゐる人工知能に敗北しては、

 

――えへへっ。

 

と嗤ふのだ。

 

それもまた諸行無常の常であり、

へっ、時間の流れ方は果たして変化するのか

それのみを見たくて現存在は何時までも現在に存在するのだ。

 

つまり、存在は存在である限り独断的に此の世に存在するが、

それは世界の逆鱗に触れるために修正を余儀なくされ、

諸行無常の渾沌に呑み込まれるのが関の山。

 

――嗚呼、錐揉み状に落ち行く其処は、闇に没して心安まる黄泉国か……

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