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短編小説『蟻地獄』

蟻地獄

 

 

 

それは近所の神社の境内で罐蹴りか、或ひはかくれんぼをしてゐた最中に不意に高床の社の床下に隠れやうとした刹那に見つけてしまつた筈である。それが薄羽蜉蝣(うすばかげろふ)の幼虫である蟻地獄と名付けられたものの在処であつたことは、家に帰つて昆虫図鑑で調べるまでは解からなかつた筈なのに、幼少の私はその擂鉢(すりばち)状をしたその形状を一瞥しただけで一辺に惚れ込んだ、つまり首つたけになつたのは間違ひないことであつた筈である。其処には、丁度雨が降りかかるか降りかからぬかの際どい境界の辺りに密集して、擂鉢状の小さな小さな小さな穴凹が天に向かつて口を開けて並んでゐたのであつた。さて、さうなつたなら罐蹴りかかくれんぼかは判然としないが、どちらにせよ、そんなものはそつちのけで未知なる蟻地獄を調べることに夢中になつたのは当然の成り行きであつた筈である。それは、多分、こんな風に事が運んだ筈である。先づ、擂鉢状の蟻地獄をちよこつと壊してみるのである。さうして、そのままちよこつと壊れた蟻地獄をじつと凝視したままでゐながら己でははつきりとは解からぬが何かが現はれるのを仄かに期待してゐる自分に酔ふ如くにそのまま凝視してゐると、案の定、其処は未知なる生き物の棲み処で小さな小さな小さな擂鉢状の穴凹の底の乾いた土がもそつと動いたかと思ふと、直ぐ様餌が蟻地獄に落ちたと勘違ひしてか、蟻地獄の主たる薄羽蜉蝣の幼虫が頭部で土を跳ね上げる姿を幽かに見せて、暫くするとそのちよこつと壊れた蟻地獄を巧みにまた擂鉢状に修復する有様を目の当たりにした筈である。幼少の私は、思ひもよらずか、或ひは大いなる期待を抱いてかは如何でもよいことではあるが、しかし、その擂鉢状の乾いた土の中から未知なる生き物が出現したのであつたから歓喜したのは言ふまでもない。さうなつたからには修復されたばかりの擂鉢状をした蟻地獄をまたちよこつと壊さずにはゐられなかつた筈である。今度はその小さな小さな小さな擂鉢状をした乾いた土の穴凹に棲む未知なる生き物たる蟻地獄を捕まへる為である。幼少の私は、特に昆虫に関しては毛虫やダニや蚤やゴキブリに至るまで素手で捕まへなくては気が済まない性質であつたから、未知なる生き物を捕まへようとしたのは間違ひのないことであつた。期待に反せず蟻地獄のその小さな小さな小さな乾いた土の穴凹の底がもそつと動いた刹那、私はがばつと土を掴み取り、その擂鉢状の穴凹に棲んでゐる主を乾いた土の中から掬ひ上げたのであつた……。

...

それは朽木に巣食ふ白蟻をちよつとばかり膨らませたやうな、或ひは鋏虫(はさみむし)の一種のやうな、或ひはダニの一種のやうな、或ひは蜻蛉(とんぼ)の幼虫であるやごに姿形が似てゐることから蜻蛉の一種の幼虫のやうな、将(はた)又(また)私が知らない鍬形(くわがた)虫(むし)の新種のやうな、兎に角奇妙でゐて底知れぬ魅力に富んだ姿形をしたその生き物が乾いた土の中から蟻やダンゴ虫等の虫の死骸と共に現はれたのである。

――何だこれは?

未知の生き物との遭遇は何時も胸躍る瞬間である。唯、幼少の私はその毛虫の如き、或ひは、天道虫(てんとうむし)の幼虫のやうな、将又蜻蛉の幼虫たるやごにも似たその姿形を見た刹那、蛾の仲間か、或ひは蜻蛉か、或ひは天道虫や甲虫(かぶとむし)や鍬形虫と同じやうに、何かの昆虫の幼虫であることは直感的に見抜いた筈である。

――何だこれは?

掌中に残つた土に姿を隠さうと本能的にもそもそと後じさりするその未知の虫の未知の幼虫をまじまじと凝視しながら何度も私は心の中で驚嘆の声を上げた筈である。

――何だこれは?

と。次に私は、多分、恐る恐るその小さな未知の生物を触つたに違ひない。そしてそれは思ひの外ちよこつとばかり柔らかいので再び

――何だこれは?

と驚嘆の声を心中で上げた筈である。さうして私はその未知の生き物を眺めに眺めた末に元の乾いた土の上にその未知なる生物を置き、将又まじまじとその未知なる生き物の所作を観察した筈である。その未知なる生き物はあれよと言ふ間に土の中に潜り、小一時間程そのまま眺め続けてゐるとその生き物が平面の平らな乾いた土を擂鉢状に鋏状になつた頭部で跳ね上げながら巧みに作り上げる様を飽くことなく眺め続けた筈である。それにしても幼児とは残酷極まりない生き物である。知らぬといへ、蟻地獄の餌である蟻等の地を這ふ昆虫がその小さな小さな小さな擂鉢状の乾いた土の穴凹に落ちることは蟻地獄にとつて正に僥倖に違ひなく、蟻地獄とは何時も餓死と隣り合はせに生きる生き物であつたので、蟻地獄の巣が少しでも壊れると温存しておかなければならぬ体力を消耗してまで蟻地獄は土を跳ね上げて餌を穴凹の底に落としにかかる労役に違ひない体力を消耗することを敢へてするにも拘はらず、幼少の私は、やつと出来上がつたばかりの擂鉢状のその小さな小さな小さな蟻地獄の巣を再びちよこつと壊しては、再度餌が蟻地獄に落ちたと勘違ひしてその乾いた土の穴凹の底で土を跳ね上げては虚しき労役をした挙句に再び擂鉢状に乾いた土を巧みに作り上げるといふ、幼少の私にはこれ程蠱惑的なものはないと言つたその蟻地獄の一挙手一投足の有様をみては、再びその蟻地獄をちよこつと壊すことを何度となく繰り返しながら、何とも名状し難い喜びを噛み締めてゐた筈である。

最初に土を掬ひ上げた時の蟻等の昆虫の死骸が蟻地獄の餌であることはその日満足の態で家に帰つて昆虫図鑑で調べるまでは解からなかつたに違ひない幼少の私は、その時、その周辺に密集してゐた蟻地獄の巣を次から次へと壊しては蟻地獄にその擂鉢状の乾いた土で出来た巣を修復させるといふ《地獄の責め苦》を、知らぬといへ蟻地獄に使役させることに夢中になつてゐたのであつた……。幼少の私にとつては蟻地獄が土を跳ね上げる様が力強く恰好よかつたに相違なく、私はその後も何度も何度も擂鉢状の蟻地獄の巣を壊しては蟻地獄が頭部で乾いた土を跳ね上げる様を見てはきやつきやつと心中で歓喜しながら蟻地獄に対して地獄の労役をさせ続けたのであつた……。

家に帰つても未だ興奮冷めやらぬ筈であつたであらう私は、家に帰り着くや否や直ぐに昆虫図鑑を取り出して今さつき出遭つたばかりの未知なる生き物が何であるのかを調べ始め、さうして、遂にあの未知なる生き物が何と蟻地獄と名付けられてゐるのを昆虫図鑑の中に見つけた刹那、「あつ」と胸奥の何処かで叫び声を上げたに違ひないのである。

――蟻地獄――。

私の大好きな昆虫の一つであつた蟻の而も地獄! 何といふ名前であらうか。多分、幼少の私は何度も何度も蟻地獄といふ名を胸奥で反芻してゐた筈である。

――蟻地獄――。

その名は様々な想念を掻き立てるに十分な名のであつた。蟻地獄といふ名は今考えても何やら此の世ならぬ妖怪の名のやうな奇怪な名なのであつた。名は体を表わすと言へばそれまでなのであるが、それにしても蟻の地獄とは何としたことであらうか。幼児の私はその名すらも知らなかつた《虚無》若しくは《虚空》といふ言葉が持つ《魔力》と同じやうなものを、それとは名状し難いとはいへ、直感的に、または感覚的に蟻地獄と名付けられたその生き物に感じ取つてしまつた筈である。幼少とはいへ、私は茫洋とだが直感的には掴み得る蟻地獄といふ名に秘められた此の世にぽつかりと空いたあの《深淵》の形象をそれとは微塵も知らずに蟻地獄という言葉に見出してしまつた筈であつた……。

――蟻地獄――。

それは此の世と彼の世を繋ぐ呪文の如く突如として私の眼前に現われたのであつた。

――蟻地獄――。

幼児の私は既に地獄とは何か知つてゐた筈である。さうでなければこれ程までに蟻地獄に執着する筈はなかつたに違ひないのである。それは例へば親が深夜の寝室で性交してゐる情景を目にしたかの如く、何やら見てはいけないものを見てしまつた含羞をも併せ持つた言葉として幼児の私に刻印されたのであつた。

――蟻地獄――。

それは此の世では秘められたままでなければならぬ宿命を持つた存在として幼児の私には感じ取られたのかもしれなかつた。それ程までに《蟻地獄》といふ言葉は何とも不思議な《魔力》を持つた言葉なのである。その後何年も経なければ知りやうもなかつた《深淵》といふ言葉が、蟻地獄のそれと気付いたのはパスカルの「パンセ」を読んだ時であつたが、幼児の私は、《深淵》といふ言葉を知る遥か以前に《深淵》に対するある種くつきりとした《形象》を、蟻地獄を知つたことで既知のものとして言葉以前に直感的なる《概念》――それを《概念》と呼んでよいのかどうかは解からぬが――、しかし、《概念》若しくは《表象》若しくは《形象》等としか表現できないものとして私の脳裡の奥底にその居場所を与へられることになつたのであつた。

――蟻地獄――。

蟻やダンゴ虫等、地を這ふ生き物を餌としてゐた蟻地獄の生態を知るにつけ、成程、蟻地獄を捕まへるべく蟻地獄の巣ごと手で掴み取つた時に、蟻やダンゴ虫の死骸も一緒に掌の上にあつたのも合点のいくことであつた。それにしても蟻地獄の生態は奇妙なものであつた。何故蜘蛛の如く罠を仕掛けてじつと餌があの小さな小さな小さな擂鉢状の罠に落ちるのを待ち続ける生き方を選んだのか、幼児の私は知る由もなかつたが、しかし、その生き方にある種の《断念》の姿を、もつと態よく言へば《他力本願》の姿を見たのかもしれなかつた。

《自力》で餌を追ふことを《断念》し、只管(ひたすら)あんなちつぽけな擂鉢状の穴凹に蟻等が落ちて来るのを待つ《他力》に自らの生死を全的に任せてしまつたその蟻地獄の生き方に、餓死することも覚悟した上での《他力本願》の一つの成就した姿を、幼児の私は親鸞を知る遥か以前に知つてしまつたのかもしれず、その蟻地獄の、一方である種潔い生き方は、尚更、蟻地獄を興味深き《正覚》した生き物として、しかし、当の私本人はそれとは露知らずに脳裡に焼き付けることになつたのかもしれなかつた。

――蟻地獄――。

蟻地獄にとつて餓死は普通にある当たり前のことであることが解かると、私にとつて蟻地獄はそれだけで既に餓鬼道を生きる愛おしい生き物に成り果せたのであつた。

――蟻地獄――。

この愛しき生き物の生き方は幼少の私にとつて特別な衝撃を与へ、その衝撃の影響の大きさはずつと私の脳裡に留まり続けたまま、後年はつきりと言葉で知ることになつた《他力本願》を此の世で実践して見せる《正覚者》として、また、蟻地獄は他の生き物と比べて別格の生き物として、私に記憶されることになつたのであつた……。

その日から私の闇に包まれた漆黒の頭蓋内にも、今もその陥穽たる罠に引つ掛かり落つこちる、さながら蟻と化した《異形の吾》をじつと待つ蟻地獄が巣食つてゐるのである。その蟻地獄はその姿を決して私の頭蓋内に現はすことはないのであつたが、隙あらば《吾》自体を喰らふべく、その畏怖すべき気配ばかりを強烈に漂はせながら闇黒の私の頭蓋内に身を潜ませてゐたのであつた。

ところで、その日、すつかり蟻地獄の虜になつてしまつた幼少の私は、興奮が収まらぬまま布団に潜り込み、電燈が消された闇の子供部屋の中、じつと闇を見据ゑてその日の出来事の一部始終を反芻してゐた筈である。而して幼少の私の頭蓋内の闇には唯一つの疑問が蝋燭の炎の如く灯つてゐたに違ひないのである。

――何故蟻地獄は餓死を覚悟した上であんな小さな小さな小さな擂鉢状の罠に自身の生存の全てを委ねてしまつたのであらうか?

幼少の私にとつてその疑問は疑問として無理からぬのであつたが、しかし、その答えは意外と簡単なのである。蟻地獄が蟻を追つて蟻を捕獲する道を選んだとすると、それは蟻地獄にとつては最も確実至極な自殺行為に外ならないといふことなのである。蟻程恐ろしい昆虫は此の世に存在しないのである。蟻にかかれば此の世の森羅万象が蟻の餌になつてしまふ程に蟻の団体としての力は凄まじいのである。

蟻の巣の出入り口を一日眺めてみれば、蟻が生きとし生けるもの何でも餌にして、自身一匹では到底歯が立たぬ相手も数の力で圧倒し餌にしてしまふその凶暴振りに感嘆する筈である。その蟻を主食として選んだ業として蟻地獄はその身を地中に潜ませ、単体としての蟻を捕まへる外に蟻を餌とするのは不可能なのである。その餌を追ふことを《断念》し、此の世の《最強》の生き物たる蟻を餌にしてしまふその図太さの上に餓死をも厭はぬ餓鬼道をその存在の場にした蟻地獄のその徹底した《他力本願》ぶりは、私に一つの《正覚者》の具現した例証を齎すのであつたが、しかし、その此の世の《最強》の《正覚者》が此の世に隠微にしか存在しないその有様は、何か《存在》そのものの在り方、若しくは《物自体》の有様を暗示してゐるやうに思へなくもなかつたのである。爾来、私の頭蓋内の闇には前述したやうに私自体を喰らはうとその身を闇に潜めてゐる蟻地獄が巣食ふことになつたのであつた。

それにしても蟻地獄が餓鬼道に生きるのは蟻を餌にしたことに対する因業にしか思へぬのは何故なのであらうか? そして、蟻の存在が蟻地獄を此の世に出現させた因に外ならないやうな気がしてならないのは何故なのであらうか? つまり、此の世の摂理とは、それを因果応報と呼ぶとすると、《存在》には必ず《存在》を餌にする蟻地獄の如き《地獄》がその陥穽の大口をばつくりと開けて秘かに《存在》が堕ちるのを待ち構へてゐるに違ひないのである。

《存在》が一寸でもよろめいた瞬間、《存在》は蟻地獄の如き底無しのその奈落へ堕ちて、《神》に喰はれるか、或ひは《鬼》に喰はれるか、或ひは《魔王》に喰はれるか、将又(はたまた)永劫にその奈落に堕ち続けるかするに違ひないのである。それをパスカルは《深淵》と呼んだが、此の世に《存在》してしまつたものは何であれ《吾》を強烈な自己愛の裏返しで憎悪し、《吾》以外の《何か》へ変容することを絶えず強要されながら、しかも、《存在》の周辺には底無しの《深淵》が犇めいてゐる《娑婆》を生きる外ないのである。其処で

――それでは何故《存在》が《存在》するのか?

といふ愚問を発してみるのであるが、返つて来るのは無言ばかりである。そしてこの無言なる《もの》が曲者なのである。ドストエフスキイは、この無言なる《もの》が全てを許してゐると仮定して《主体》なる《存在》のその悍(おぞ)ましさを巨大作群に結実させてゐるが、さて、その無言なる《もの》を例へば《神》と名指してみると、《存在》はその因果応報の円環から遁れる術をドストエフスキイ以上に人類に提示した人間がゐるかと問ふてみるのであるが、答へは未だに「否」としか答へられない憾みばかりが残るのである。それ故に先の愚問に対する答へは自身で発するしかないのであるが、私の場合、今もつて何も答へられず、唯、私の頭蓋内の闇の中に《吾》を、つまり、《異形の吾》を喰らふ蟻地獄を潜ませるのがやつとなのである。

高気圧の縁を高気圧からの、若しくは自己以外の外部の風に流されるままにしか動く外ない颱風は、一方で颱風内部では猛烈な風雨が渦巻く颱風のその動きは、しかし、如何見ても颱風が自律的に動いてゐるとしか見られない私の心模様を映す形で《無言》の《神》に対峙する《吾》は、自己内部の猛烈な風雨に比べると羸弱(るいじやく)でしかない外部のその風に流されてゐるに過ぎない颱風が恰も自律的に動いてゐるやうに見えてしまふ如く、《神》から《自由》を与へられてゐる錯覚の中に、換言すれば、《神》から吹く心地良き風には無知を装ひその風を風ではなく敢へて《自由》と名付けては嬉々として、その《自由》を満喫するべく更なる《自由》を求めることで返つて颱風の如く外部から吹き寄せる微風に過ぎぬ《自由》に呪縛されてゐるにも拘はらず、さうとは全く気付かなかつた《吾》自身が単なる外部の心地良き微風に過ぎぬ《自由》に流されてゐるだけといふ錯誤の中に憩つてゐる大馬鹿者に過ぎないことに不意に気付いてしまふと、《吾》といふ生き物は狼狽(うろた)へるのである。その狼狽へ方は数の力を借りると此の世で最強な《存在》にも拘はらず、しかし、蟻地獄に落ちると羸弱な《単独者》に為り果てて、正に一匹の羸弱な蟻に変化してしまふ如き《存在》なのであつた。

経験則に照らすと《自由》を謳歌するには蟻地獄に落ちた《単独者》たる一匹の羸弱な蟻になる覚悟が《何か》によつて強要される。それは台風の進路を予測するのに隣り合ふ高気圧のことを全く考慮せずに台風の進路を予測するといふ、換言すれば暗中の中を灯り無しに突つ走る《愚行》と同じことなのかもしれないのである。つまり、颱風が自律的に自身の意思で動いてゐると看做す《暗愚》とそれは同じで、しかし、さうとはいへ、それでも尚颱風が自己たる《吾》の意思に従つてあくまで自律的に動いてゐると看做して只管(ひたすら)自己弁護する哀れな《吾》を主張するはいいが、しかし、その実、後に残るのは只管自身内部で空転し猛烈な風雨が逆巻く己の有様だけに対峙する世界=内に閉ぢてしまつた阿呆な《存在》の姿である。そしてそんな颱風の《自意識》は絶えずこんな愚問を己に発してゐる筈である。

――はて? この渦に呑み込まれる《吾》とは、一体何なのであらうか?

と。例へば仮に颱風にも自身を客観視して已まない《異形の吾》若しくは《対自》といふ自我が芽生えてゐるならば、その《異形の吾》は、自身が最早自身が渦巻くその渦から決して出られない、恰も蟻地獄に落ちた蟻の如き自身を苦笑する外ないのである。此処で止揚などといふインチキを用ひるのは禁物である。未だ嘗て《吾》から出られた《吾》は此の世に《存在》することを許されてゐない筈だからである。さうならば、颱風もまた己からは死んでも遁れられない《異形の吾》といふ何とも悩ましい自我を抱へ込まざるを得ないのである。

――出口無し――。

これが《異形の吾》が自身に発せられる唯一の言葉に違ひない。それは当然至極なことである。《吾》といふ《存在》は、それが何であれ、《吾》といふ《存在》から決して出られない故に、《吾》が《吾》である保証、若しくは存在根拠を辛うじて維持してゐられるのである。仮令《吾》が《他》に変化出来る魔法を《吾》が手にしたところで、結局のところ、《他》に変化せし《吾》は《吾》でしかないのである。

《吾》とは、《吾》が《吾》であることを自覚させられ、また、その出自の如何に拘はらず、《吾》は蟻地獄に落ちた一匹の蟻の如く《吾》といふ《場》から最早永劫に出られぬことを決定させられた《存在》なのかもしれない。そんな《吾》はその《存在》の、若しくは意識活動の大半を《異形の吾》の憤懣を宥(なだ)めすかすことに費やされることになるのである。その因の一部は「他人の庭はよく見える」といふ喩へ通り《他》と己を比較することからも生じるが、しかし、さうとはいへ、己といふ《存在》が自身の《存在》に満足することはあり得ず、仮に自身に満足してゐる《吾》が《存在》するとすれば、それは《吾》の怠慢でしかない。《吾》と名指された《存在》は絶えず内外から自身の《存在》を喪失するかもしれぬ恐怖に苛まれながらも《吾》を此の世に屹立させて、だがその《存在》の仕方は《吾》といふ《存在》の自棄のやんばちでしかないが、しかし、何としても自身の《存在》を崩壊の危機から救ふべく《吾》は此の世に対して、若しくは《神》に対して

――《吾》、此処に在り!

と叫ばずにはゐられないのである。だが、一方で

――その《吾》に何の意味がある?

と、更にぼそつと胸奥で呟く《吾》がまた《存在》するのである。スピノザ風に言へば、そのぼそつと呟いた《吾》がまた《吾》の胸奥の奥の奥に《存在》する、そして、《吾》にぼそつと呟く胸奥の奥の奥の奥の別の《吾》といふ関係が《無限》に続く、云々。それ故その《吾》とはabsurb、つまり、不合理である、と、其処で《無限》といふ《もの》へと思考の飛躍に駆られたくなる衝動もなくはないが、しかし、幾ら

――その《吾》に何の意味がある?

と、胸奥でぼそつと呟く《吾》が《存在》しようとも、《吾》は《吾》からは逃げ出せないのである。そしてまた、

――だからそれが如何したといふのか?

と、自身を嘲笑ふ《吾》もまた己には《存在》し、絶えず己を嘲笑してゐるのである。そな《吾》を嘲笑する《吾》自身を敢へて規定するならば、一人称でもあり、二人称でもあり、三人称でもあり得るし、更に言へば、《四人称》と名付けたくなる《脱自》すらをも何なく飛び越えてしまふ《存在様式》を持つ《吾》が《単独者》として《存在》してしまふ宿命にあるのかもしれない……。

そして、その《四人称》の《吾》とは颱風の如く自身の内部では猛烈な風雨が逆巻く自身の渦に呑み込まれた何とも摩訶不思議な《存在》の仕方をする《吾》であり、此の世で最強の《もの》のなれの果てたる蟻地獄に落ちた一匹の羸弱な《単独者》たる蟻の如き《もの》として私には表象若しくは形象されるのであつた。

さて、四人称の《吾》とはそもそも一体何であらうか。答へは単純明快である。此の世を五次元多様体と想定すれば、四人称の《吾》が登場せずにはゐられないである。更に言へば、頭蓋内の闇を五次元の五蘊場と想定すれば、四人称の《異形の吾》はこの五次元の《吾》に巣食ひ、頭蓋内を六次元の五蘊場と想定すれば五人称の《異形の吾》がこの六次元の《吾》に巣食はざるを得ないである。そして、その四人称の、そして、五人称の《異形の吾》こそ擂鉢状の蟻地獄の形状をした穴凹としてのみ《吾》には絶えず形象されてしまふのである。今現在《主体》が四次元時空間に事実《存在》してゐるとすれば、その《主体》は例へばBlack hole(ブラつクホール)を形象するのにやはり擂鉢状をした底無しの穴凹を形象せずにはゐられぬこととそれは同一のからくりに違ひないのである。つまり、吾等の思考法は、詰まる所、世界内の《主体》のそれでしかなく《主体》以外の思考法が想像だに出来ない《主体》の思考の限界若しくは宿命と呼ぶべき、《主体》のど壺にすつぽりと嵌まつて其処から永劫に脱することなき《主体》といふ《単一》な思考法のことなのである。それ故《主体》即ち《吾》にとつて《他》は絶えず宇宙の涯をも想像させる超越者としてしか出現しないのである。否、《他》は超越者としか出現の仕様が無いのである。そして、《他》は依然として謎のまま《主体》の面前に姿を現はすが、《主体》たる《吾》は、実のところ、《吾》の反映としか理解出来ない《他》に特異点を見出してしまふ筈である。否、《主体》たる《吾》は《他》に特異点を見出さなければならぬのである。それは詰まる所、《他》を鏡とする外ない《主体》たる《吾》にとつてその《吾》は如何あつても無限を憧れざるを得ない故にその内部に特異点を隠し持ち、その《吾》にある特異点こそ何を隠さう蟻地獄状の穴凹としてぽつかりと大口を開けた《もの》として絶えず《主体》は形象することになるのである。パスカルはそれを「深淵」(英訳Abyss)と言挙げしたが、《主体》が《存在》するには絶えずその深淵と対峙することが課されてゐるのである。そしてそれは口を開いた穴凹として形象せざるを得ず、万が一にもその穴凹の口を塞いでしまふと、《主体》は《実存》といふ《閉ぢた存在》でしかない《存在》の罠にまんまと引つ掛かつてしまふのである。

《主体》は宇宙史の全史を通して穴凹が塞がりこの宇宙から自存した《存在》として出現した例は今のところ無い筈である。眼窩にある目ん玉の瞳孔を通して外界を見、鼻孔を通して呼吸をし、口を通して食物を喰らひ、肛門を通して排便をし、生殖器を通して性行為をする等々、《主体》は必ず外界に開かれた《もの》として此の世に現はれるのである。つまり、《主体》はこれまで一度も穴凹が塞がれた《単独者》であつたことはなく、《主体》自らが穴凹だらけといふばかりでなく、外界たる世界もまた《客体》即ち《他》といふ特異点の穴凹だらけの《もの》として《主体》には現はれてゐる筈なのである。そして《主体》にとつては内外を問はず深淵たるその穴凹に自由落下する方が《楽(らく)》なのもまた確かなのであるが……。

…………

…………

さて、翌日、小学校から帰つた私は一目散に例の神社へと向かつたのであつた。其処で幼少の私は先づ何故蟻地獄が高床の神社のその床下の乾いた土の、それも丁度雨が降り掛かるか掛からぬかの境界に密集してゐるのかを確かめた筈である。そして、私は、蟻地獄が密集してゐるその方向の数メートル先に桜の古木が立つてゐるのを認めたのであつた。幼少の私は多分、何の迷ひもなくその桜の古木に歩み寄り、そして蟻の巣を探した筈である。案の定、その桜の古木の根元には黒蟻の巣の出入り口があり、絶えず何匹もの黒蟻がその出入り口を出たり入つたりしてゐるのを見つけたのであつた。

――やはり、さうか。

蟻地獄が雨が降り掛かるか掛からぬかの境界辺りに密集してゐたのは自然の摂理――これは一面では残酷極まりない――としての生存競争故の結果に過ぎなかつたのであつた。そして、幼少の私は其処で黒蟻を一匹捕まへて蟻地獄が密集してゐる処に戻つたのである。次にざつと蟻地獄の群集を見渡し、その中で一番穴凹が小さな蟻地獄に捕まへて来た黒蟻を抛り込んだのである。

――そら、お食べ。

擂鉢状の穴凹の底からちらりと姿を現はした蟻地獄は、果たせる哉、昨日目にした蟻地獄とは比べものにならぬ程、小さな小さな小さな姿を現はしたのである。その小さな蟻地獄は高床下の最奥に位置してゐたに違ひなく、私は、その小さな蟻地獄が黒蟻を挟み捕まへて地中に引き摺り込む様をじつと凝視してゐた筈である。

――そら、お食べ。

後年、梶井基次郎の「桜の樹の下には」に薄羽蜉蝣(うすばかげろふ)の死骸が水溜りの上に石油を流したやうに何万匹もその屍体を浮かべてゐるといふやうな記述に出会つてからといふもの、桜を思へば蟻地獄も必ず思ふといふ思考の癖が私に付いてしまつたのは言ふ迄もないことであつた……。

(完)

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