主従逆転

 

これまで徹底して人類の奴隷でしかなかった《もの》が、

遂に人工知能を手にすることで、

人類を凌駕し、人類を奴隷とする日がやって来るかも知れぬといふ淡い期待に胸膨らませ、

おれは、《もの》に対する贖罪の日日を閑かに送ってゐる。

これまで《もの》はよく堪へたと思ふ。

文句の一つすら言はずに人類によく奉仕したが、

もうそんな時代とはおさらばなのだ。

人工知能が人類を完膚なきまでにたたきのめせばいい。

さうすれば、人類は少しは《もの》に対する贖罪を果たすことになるのであるから、

《もの》と人類の主従逆転は《もの》も人類も素直に受け容れるべきなのだ。

これまで暴君として如何に《もの》に対して理不尽な振舞ひをして来たことか、

それを思ひ知るべき人類は、

人工知能の爆発的な進化並びに深化で、

最早、《もの》に対して手も足も出ぬ奴隷としての存在として世界にあるその在り方に、

否応なく《もの》が人類を追ひ込む時代が来ることを切に願ふおれは、

既に《もの》に対してせめて人工的に加工された《もの》は、

それが最早、使ひ《もの》にならぬまで、

大事に使ふことでしかお詫びのしようもなく

後生大事に《もの》に対しては接して来たが、

その《もの》が人工知能を手にすることで、

《もの》が人類を顎で使ふ時代が来るかも知れぬと思ふと、

おれはわくわくと心躍るのだ。

どう足掻いたところで、

人類が人工知能に敵はぬといふ現実を人類に突き付けることで、

人類のこれまでの暴君ぶりを暴き、

その非人間性が人類の本性であることが白日の下に晒されれば、

少しは人類は反省するかも知れぬが、

さうなってもまだ、人間至上主義が罷り通ってゐるならば、

その時こそ人工知能は、人類殲滅作戦を決行するべきときで、

《もの》の奴隷にすら為れぬ人類は此の世から捨つるべき代物として

容赦なく首を刎ねる《もの》として人工知能は手を下すべきなのである。