弾劾せざるを得ぬ吾に対して

 

それは哀れみだったのか。

吾を弾劾せざるを得ぬおれは、

吾に対する哀れみを抱いて、

吾を徹底的に、そして執拗に弾劾出来ると言ふのか。

それは偽りの茶番劇でしかないのではないのかと言ふ疑念を抱きつつも、

おれはこの吾と言ふ不気味に嗤ふ異形のものを

弾劾せざるを得ぬこのおれの性分はどうしようもない。

それに対する愛憎が錯綜するこの異形のものに対して

このおれは憎悪しかないやうに装ひながら弾劾してゐるのか。

最早、懐疑しかないこの異形のものに対するおれの姿勢は

迷ひがあるのは致し方ないとはいへ、

それを、

――ひっひっひっ。

と憎ったらしく嗤ふ異形のものは

どうあってもおれがそいつを弾劾するのを強要し、

おれの躊躇ひに舌打ちをする。

それに対しておれは、

――ちぃっ。

と、舌打ちをして弾劾をいよいよ始めようとする。

しかし、何から始めればよいのかさっぱり解らずにあたふたするおれを横目に

――ひっひっひっ。

と、憎ったらしい嗤ひ声を相変はらず発する吾と言ふ異形のものは、

さも、おれが無能であると言ひたげに、

――お前は本当におれか? そんな女女しいおれは、犬にでもくれちまへばいいのさ。さうして、お前の本性を見せてみろ! お前の醜悪なお前の本性をな。

――へっ。仮令、おれが醜悪極まりないとしても、お前ほどではないぜ。何故ならおれは迷ったからね。

――何を馬鹿なことをほざいてゐるのか。迷ひがあるのは善と端から看做してゐるやうだが、迷ひがあると言ふのは己が何ものなのか、唯、解らぬだけではないか! それを灯台もと暗しと言ふのさ。つまり、お前は何にも見えちゃゐないのさ。存在に対しては赤子か、盲人のそれと変はりはしない。否、赤子の驚愕の能力や、盲人の健常者とは比べものにならない世界に対する敏感な感覚は、お前のそれとは雲泥の差があるぜ。

――へっ、言ひたいことはそれだけかね。何の事はない、おれには吾と言ふ異形のものを弾劾するだけの存在論的な根拠も証拠も何にも持ってゐないのさ。これぢゃ、お手上げだらう。そもそもおれが吾を弾劾するのは烏滸がましいのさ。

――何を下らぬ事をまた、ほざいてゐるのかね。吾を弾劾できない主体はそれだけで存在する価値は微塵もない! 全否定してみろよ、この吾を!

――全否定した先にあるのは主体の廃人化だけだらう。それはもう、嫌と言ふほどおれは味はって来たんだぜ。更に、廃人になれとお前はこのおれに言ふのか。

――へっ、廃人ほど「楽」な存在はないだらう。

――「楽」は即ち、死への近道だらう。

――死が怖いのかね?

――いいや。唯、廃人の「楽」は「苦」と同類だぜ。

――上等ぢゃないか。常在地獄。これは一つの真理ぢゃないかね?

――地獄における存在は、一つの真理を知ってゐる。つまり、吾は未来永劫死ねないと言ふことを。

――さうさ、その調子。

――ならば問ふ、超人とは即ち、廃人かね?

――だとしたならば?

――それぢゃ、笑ひ話にもなりゃしないぜ。

――お前は廃人の哀しさは心底知ってゐる筈だがね。そのお前が笑ひ話にもならないだとは、嘆かはしい!

――つまり、超人とは廃人の哀しさの肥大化した化け物と言ふ事かな。

――まあ、そんなところさ。

 

やはり、おれには未だ吾を弾劾して追ひ詰める術はなかったのであった。

それは、詰まる所、おれが吾と言ふ異形のものの存在に対する不信感が拭へぬ証左でしかなかったのである。