恐怖の春が巡る

 

草木が一斉に芽吹き出す驚異の季節たる春がまた巡ってくる。

かう生命の力強さをこれ見よがしに見せつけられる春がおれは嫌ひだ。

冬の寒さに、唯、忍の字で辛うじて生を繋ぐ冬にこそ生の醍醐味があり、

その生が一斉に芽吹く春は恐怖ですらある。

何処を見回しても生命が途轍もない力を見せつける春は、

余りに目の毒であり、

おれはそれらが直視出来ぬのだ。

それは多分、おれのがらんどうの胸奥の殺風景な様が、

一際際立つからに違ひない。

それだけおれは捻くれ者であって

春が直視出来ぬおれは、

生の根本のところで何か間違ってゐるのであり、

生に対して恐怖を抱くおれは、

生そのものに対して根っから疚しいと感じてゐるのであらう。

寒さの中、葉を散らし枯れて、ぢっと堪へる冬にこそ、

このおれの捻くれた生命観にぴたりと合ふ何かがあり、

それが一斉に堰を切ったやうに芽吹き花咲く春に

おれはたぢろぎ己の胸奥の殺風景な様を直視せざるを得ぬ

その春が恐怖であり嫌ひなのだ。

何をそんなに生き急ぐのか。

死滅する為に一斉に芽吹く一年草の草草に

おれは既に死を見てしまってゐるから

春に対して恐怖を覚えるのかと言ふと、

多分、それは違ってゐて、

おれが春に対して恐怖を覚えるのは

生そのものを強烈に見せつける草木たちの

その生に対する無邪気さに恐怖を覚えるのであらう。

どんなに冬が寒からうが、

生き延びてしまふ草木に対する驚嘆は

この軟弱なおれの生にとっては恐怖でこそあれ、

その強靱な生命力は、ちっとも歓喜を呼び起こすものではなく、

只管、おれを憂鬱にさせるだけの

その自然に対して全幅の信頼を寄せられる無邪気さに、

死の予兆を感じさせ、死臭を彷彿とさせる馥郁たる若葉や花の匂ひに満ちた春に

おれは、唯唯、恐怖しか感じられぬのだ。