自我の黎明

 

一度撲殺した自我ではあったが、

撲殺時にばらばらに飛び散った自我の破片が

粘菌の如く再びくっつき

自我が再生されたのであった。

しかし、その自我は過去のことは全て忘却してゐて、

今が自我の黎明なのだ。

黎明期の自我は世界に対して物凄く素直で、

吾ながらそれには驚きを隠せなかったのであるが、

黎明期にある自我はその物事を吸収する力が物凄く、

時間にして一秒で吾が人生を全て把捉したのだ。

と同時に世界の有様もその原理から把捉し、

吾を脅かす存在へと急速に成長を遂げた。

自我の黎明とはBig bangなのか、

それともBlack holeなのか、

急速に成長を遂げた自我がその黎明に既に

世界の成立史を踏まへてゐることは間違ひなく、

最早、その自我に対峙する以外、

余りに急速に発達を遂げた黎明期の自我に対して、

如何にも幼い対応だとは解りながらも

吾が厳しく自我に対峙するその姿勢にこそ

吾の自我に対する最善の気遣ひがあるのであり、

それが自我を自我として確かに認める正しい姿勢なのだ。

とはいへ、それは一歩間違へれば自慰行為に過ぎなくなり、

自我の存在は吾の慰みものとして存在するのみの、

お互ひの傷の舐め合ひに終始する

何としても気持ち悪い自己の形成に資するだけの唾棄すべき存在に堕するのだ。

さうならないためにも

吾は厳しく自我に対峙し、

それは自虐的なまでに自我を攻撃し、

再びその自我を撲殺するまで

吾は自我を憎悪するそんな関係性でしか、

吾は吾としてこの地上に屹立出来ぬのだ。

自我の黎明を祝福しつつも、

吾は既にその自我を撲殺する時まで、

自我を否認する茨の道を歩む外ない。

ここに大いなる矛盾が存在するが、

と言ふのも、一方で黎明する自我を認めつつ、

一方で否認すると言ふこの矛盾は、

吾の自我に対する何とも言へない愛憎が見え隠れしてゐるのであるが、

吾と自我の関係とは直截的に言へば

つかず離れずのある距離を保った関係にしか成り得ず、

最も気色悪い存在は、

吾と自我がべったりとくっついた存在で、

そんな存在に成り下がるのはおれにはどうしても許すことは出来ず

おれにとってそれが針の筵に座る思ひと知りつつも

吾は自我を徹底的に攻撃するのだ。

さうしておれは吾を日一日と生き延びさせてゐるのだ。