あの日のやうに

 

もんどり打って奈落の底に落ちるやうに

一歩歩く毎に腰が砕けるこの感覚は、

最早一生消えることはないでせう。

それは額に捺された焼印の如く

罪人の徴として重く私にのし掛かるのです。

もうあの日のやうに

私は無邪気に自然と戯れることは赦されないのです。

どうしてこんなことになったのか

思ひ当たる節はなくはないのですが、

年を重ねるといふことは

罪人の如く苦悩を抱へ込むことに等しいと、

漸くこの年になって気付いた次第です。

さうしてこの拷問の如き酷暑は

私にはちょうどよい贖罪の機会となってゐるのです。

基督教における煉獄の如く、

または灼熱地獄に堕ちて魂が癒やされる罪人の如く

この酷暑は私には慰みなのです。

じっとりと汗をかきながら

只管、酷暑の中で端座する私は、

すっかりと苦悶から解放されぬとはいへ、

生きてゐること自体に対する負い目を軽減してくれるのです。

この生きること自体に対する負い目は、

額に捺された焼印の如く

もう一生私から消えることはなく、

一生を通して償ふしかないのです。

存在自体に猜疑を抱いてしまったあの日、

私は最早無邪気ではゐられず、

罪人の一人として生きる覚悟をしたのです。

然し乍ら、私に巣くふ苦悶の深さは、

何度私を自死へと駆り立てたでせう。

生きることが罪深いことを知ってしまったあの日、

私は私の肉体を虐め尽くして、

死ぬことばかりを渇仰してゐたのです。

ところが、運良く私は生き延びられて、

今日この日を迎へられたのです。