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さて、晒し首の頭蓋内にも思念が宿っているのかと言ふ問ひに対して
誰も判然と答へ得る事は不可能に違ひない。


しかし、この問ひは幽霊は歳を取るのか、と言ふ問ひとも関連してゐて、
私見では幽霊は須らく歳を取るべきなのだ。
何故って、それは単純明快で、此の世に幽霊は存在し
さうして死者の思念が生者に憑りつく事で
死者の主張が世界に遍く反映される事は世界にとっては健全と言はざるを得ぬのだ。
そのために死者は生者とともに歳を取るべきなのだ。


あっ、現存在の肩の上に陽炎が立ち上り、
ゆらゆらと嗤ってゐやがる。


晒し首からもゆらゆらと陽炎は立ち上り、
死んだ者の思念が湧き立つ核とならねば
死んだ者は浮かばれぬ。
浮かばれなければ、怨念が此の世を蔽ひ、
生者の生に何らかの悪影響が出るのは必定。


さうした死者の犇めき合ふ世界に生がぽつねんと浮かんでゐると想像出来れば、
何と生きる事が楽しい事になるか。


生は死なくしては生たらしむる事能わず。
死もまた、生なくして死なる事能わず。


そして、その死を詩は紡ぐ端緒になるのだ。

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